「子どもの教育(スポーツ)における「親」の重要性 その1」で書いたスズキメソード。
この本の中で鈴木さんは、メソードを生み出したきっかけについて「子どもたちがみな、母国語を自由に操っている事実に気付き、驚いた瞬間」と述べて います。難しい言葉を子どもたちは習得し、誰もがみな自由に使いこなしているという事実を改めて言われてみると、たしかに驚くべきことです。
そしてこの言葉の中で鈴木さんがおっしゃりたいことは、そうした子どもたちの潜在能力を引き出す理想的コーチングを、すべての親御さんがなされてい る、ということでもあったのではないでしょうか。
ひょっとして私の読解力の低さから、その部分の記述を見逃してしまったのかもしれませんが、この本を読ん だ後、自分なりにあれこれ考えている中で、このことにハッと気付きました。
つまり、親御さんはみな、自分の子どもが母国語を話せるようになることに対して、不安をいだいていない。絶対に話せるようになると信じているから、 多少言葉が舌足らずで正確な言い方や表現ができなくても矯正せず、自由に話をさせている。周囲では正確な発音、使い方で言葉が話されているので、その環境 の中で子供たちは自分で誤りに気付き、方向修正をしながら学んでいく。
ここに、理想的コーチング法が存在すると、鈴木さんは気付かれたのではないでしょうか。
鈴木さんの本を読むと、あらゆる子が上手にバイオリンを演奏し、楽しんでいる様子が伝わってきます。
得てして、楽器演奏と聞くと私たちは向き、不向きがあり、誰もが上手に演奏できるようなるとは信じがたい。ところが現実として、鈴木さんの教室に通う子はみな、見事な演奏者となる。
私は子どもたちにサッカーやポケバイの乗り方をコーチしたりしていますが、心の底から一人一人の子どもたちを信じてあげようと思いました。
多少上手にできなくても、楽しく練習しているのなら、失敗してもとにかく自分で考えさせ、トライできるようヒントだけコーチしていく。
これって何よりも、自分自身が問われている気がします。
そしてもう一つ、大きな疑問がムクムクと僕の頭の中で生じました。
この疑問は、また改めて書きたいと思います。